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トピックス67 幻舟のよろず相談劇場53
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   <違法行為はやめてください!>

 昨今、私の個人情報を列挙したサイトがネット上で公開されています。
 一体、何の目的をもってこのような文章を書かれたのか、悪意に満ちた文面を感じます。
 私は舞踊家(ぶようか)です。舞踏家(ぶとうか)ではありません。
 舞踊と舞踏の違いすら分からない人間が、私の何を調べたいというのでしょうか。
 他人のツイッターを、あちらこちらからつまみ食いし、転載して、責任逃れのつもりでしょうが、私の写真の無断使用は肖像権の侵害に当たり違法です。
 「所属事務所が見つからない」という文章に至っては、これまでずっと個人事務所で活動してきたことさえ知らない人間の、単なる思いつきの興味本位でしかない、悪意にみちあふれた文章だと、私には読み解けます。
 私は、このようなスキャンダラスな無知でウソと伝聞による人権侵害を振り払うために多くの犠牲と時間を費やして生きてきた人間です。
 トップページの「幻舟からの告知」に書いてありますように、私に連絡を取りたいのであれば、問い合わせのメールアドレスも載せてあります。
 それすら守れないというのであれば、法律違反であるという確信犯です。断固たる措置をとることを、私はもう一度みなさんに訴えておきます。





プロフィール
  創作舞踊家
西日本を回る旅役者の娘として生まれる。
2才の頃から舞台に立つ。
旅先々の学校で陰湿ないじめと嫌がらせ。結果、小学校低学年で中退。
16才の頃、劇団が解散。その後、喫茶店のウェイトレス、モデル、電話交換手等々、多くの職業を体験する。
1966年、花柳流の名取りとなる。
1968年、大阪・中座にて「花柳幻舟リサイタル」を開き、家元制度を告発。
1973年、創作舞踊「残・情死考」を東京にて発表。
1975年、カナダのクロード・ガニオン監督による映画「KOTO(コト)」に出演。
1983年、山形県西村山郡西川町に、「花柳幻舟人民劇場」を建設。
1984年、自らの獄中体験を綴った単行本「夕焼けは哀しみ色」原作によるテレビ朝日系列ドラマ「花柳幻舟獄中記」に主演、高視聴率を得る。
1985年、同ドラマの続編「花柳幻舟獄中記Ⅱ」に主演。
1987年より、関西テレビ「ワイドショーWho(フー)」にレギュラー出演。
1989年、イギリス人女性クルーによる花柳幻舟のドキュメンタリー番組「EAT THE KIMONO(イート・ザ・キモノ)」(邦題・「幻舟」、パンドラ配給)が、イギリスのテレビ局「チャンネル4」にて放送。後に、ドキュメンタリー映画祭として長い歴史と伝統を持つ「ニヨン国際映画祭」を始め、シドニー映画祭、メルボルン映画祭など、世界各地の著名な映画祭に正式出品。「アセンズ国際映画祭」(アメリカ)では「最優秀ドキュメンタリー賞」を、また「クレテイユ国際女性映画祭」(フランス)では「特別賞」を受賞するなど世界各国で話題に。
1989年7月ドイツ・ハンブルグ市の協力を得て、劇場用の花柳幻舟ドキュメンタリー映画「扇の刃」を、ドイツ在住独立プロダクションが1年以上かけて撮影、制作。AFIロサンゼルス国際映画祭(アメリカ)、トロイア国際映画(ポルトガル)、サンパウロ国際映画祭(ブラジル)、サンクトペテルブルク国際映画祭(ロシア)などに出品。1991年、60年以上の歴史を持つドイツ最古の映画祭のひとつ「ライプツィヒ国際映画祭」にて“金の鳩賞(最優秀賞)”を受賞。
1995年、放送大学に入学。3年間の司法試験の勉強による中断を経て、2004年3月、同大学を卒業。卒業論文は「メディアの犯罪、その光と影」。



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