☆ 花柳幻舟さんと あれこれ考えてみる(2019.1.14号)




幻舟の今日のひとりごと


百八つの鐘の音とともに
  労働者の泪を思い知れ
    ゴ〜〜〜ン!

 除夜の鐘など、あまり意識しない私ですが、今年はまったく別もの!
 以前、栃木刑務所で年越しをしたが、除夜の鐘など興味もなく、なにせ広大な平野のど真ん中に建っている栃木刑務所。
 聴こえるものといえば、関東平野独特の、ヒュ〜〜ヒュ〜〜と、誰かが泣いているような、世にいわれる もがり笛 の風の音が聴こえるのみ。お寺の鐘の音は皆無。
 しかし小菅拘置所は、結構多くの一般家屋に囲まれる中に、囲まれるように存在している。
 私が収監されていたころと違い、現在、新館になり、やや拘置所の侘(わび)しさや、閉ざされた別世界の色合いが消え、大企業の工場のようだ。


 その東京・小菅拘置所に、本人は夢だに考えなかった御仁が、チョ〜大金持ちの、チョ〜エライさんが入って、年越しを迎えた。
 マスコミは、こぞって、年末ぎりぎりになってチョーエライさんを出すと思っていた。
 確信を持って、内外メディアは小菅の正門に大結集。
 出入りする車に強烈な照明を当てたり、切ったり、まさにクリスマス・イルミネーション。
 しかし、私は、30日や31日に保釈するとは決してありえないと確信していた。
 なぜならば、年末に保釈させたなら、違法行為、法律ではない! そこまで内外の世論を気にするなど、ニッポンの弱腰姿勢を世にさらすことになる。
 まさしく内外の目、すなわち内外のメディアを意識した政治的配慮としか考えられない。はっきり言って、これは政治的保釈だ。保釈させれば、ニッポンは法治国家でなく、強権国家にシッポを振る、卑しい国家に成り下がる。いうなれば、現在のアメリカとニッポンの関係と同じ憂き目を見るのは明らかだ。
 他国になんといわれようと、ニッポンにはニッポンの法律があるのだ。
 起訴もされず、何カ月も勾留されている容疑者が、現在、小菅にはぶち込まれている数を、ご存知だろうか。
 どこの誰サマであろうと、しっかり取調べをしなければならないのが法律だ。

 いま入ったニュースで、『勾留理由開示』で、本人、ゴーンたらいう御仁が法廷に出てくるという。
 本職であろう弁護士ですら、『勾留理由開示』“ほとんどありませんよ、珍しいです”てなコメント。なんと頼りないことをいうのだ。
 『勾留理由開示』は、“なんで私をぶち込んでいるの、なんで逮捕したのよ!”と、いうなれば勾留者の防御権の行使である。という意味であるが、本命は、弁護士以外との接見禁止が出ているので、法廷という公の場で、
“元気デッセ! あ、お父ちゃん、お母ちゃん! ああ、愛人も、妻も! よう来たなア……”
 法廷傍聴に来た方にとっても、
“久しぶりや! 少し痩(や)せはったけど、ま、美食でメタボやったから良かったか……”
 ゴーンたらいう御仁の場合、
“私は無実だ、不当勾留だ”
 と、胸張ってパフォーマンスしたいのだろう。

 てなことで、早い話が、双方、『顔見世興行』
 『勾留理由開示』がほとんどやっていないというのは、勉強不足だ。特に左翼関係の収容者は100パーセント要求しているのだ。


 経営危機に陥っていた日産自動車に、ルノーからやってきて、日産再建と称し、ニッポンを含む世界中の日産の工場が閉鎖されていった。
 そのとき、長年日産を支えてきた工場で働く労働者諸君の5分の4は総退職。
 ゴーンは馴れないニッポン語と、工員の着ているジャンパーと同じものを身に着けて話したという。
「ワタシも、泪があふれて……皆さんと同じ思いです……」
 と、人柄の良さをアピールしながら、切々と労働者たちの前でそう述べたという。
 私の身近にも、早期退職者の何人かがいます。
 スズメの涙のような退職金で彼らは日産を放り出された。
 私が知る彼らを必死で捜したが、労働者元工員の彼らは、いつの間にやら姿を消してしまった人もいる。
 きっと、当時の従業員、工員の皆さんは、今日、“ゴーン”の年間役員報酬を見て、
“ワシラ、騙(だま)されたんだ!”
 と、ほぞを噛む思いだろう。
 公になっている年収を見ただけで、ゴーンという人間の隠されてた巨悪が一目瞭然だと、私は思う。
 騙したんだよ! 仕事に命をかけ、長年働いてきた労働者を、まんまと騙した。
 どれだけの労働者を翻弄(ほんろう)、いや愚弄(ぐろう)してきたか。人間として決して許されるものではない。
 大権力を持つ人間がしてはならないこと、それは弱者をあざむくことだ。
 ニッポンの最高検、ここで信義を結集し、法の下の平等を世界に示さなければならない。


 東京・小菅拘置所近くで除夜の鐘を撞(つ)くのは、足立区の勝専寺、葛飾区の妙源寺らしい。
 どれだけの無辜(むこ)の民を踏みつけて、膨大な富を私物化し、極悪非道な行為を、百八つの鐘の音(ね)を聴きながら、市井の人々の恨みと悲しみの音として聴け!
 
    ♪ ゴ〜〜ン
        ♪ゴ〜〜ン〜〜
 ♪ ゴ〜〜〜ン〜〜〜
          ♪ ゴ〜〜〜ン〜〜〜〜