ヨーロッパの知人にいわせると、“日本人は、目的もなく、よくもまあ難しい受験のための勉強をやる!”と不思議がって言います。
「とにかく大学だけは行かなければ」というのが、日本人の多くの人が持つ通説的な世の中で、21世紀の今日でもそれは変わりませんね。
私は本当におかしいと思いますよ。
義務教育なら基礎教育ですから、自分の体験からいうと、行っておいたほうが、もし進学したときのためには楽だと思います。
しかし、高等教育となると、他者ではなく本人の意思が強くなければ、受験用の勉強の努力にはとても勝てないと、私は思うのです。
そりゃあ、私学で、金さえ出せばOKという学校もあるでしょうが、そんなのまったく何の意味もなく、単に学校法人を儲けさすだけ。
本気で、この目的のために、この学問を学びたい、この仕事をするために、この学問を学ばなければならない、等々といった、本人の目的意識を持ってこそ、大学に行くという意味も意義もあると、私は考えています。
今どき、大学に行ったからといっても、大したことではありません。誰も彼もが行く大学なんて、希少価値もないのですから。
あなたの内的必然性において、この大学に行ってこの学問を学びたい! と強い意志が湧き上がるなら、きっと入学試験に見事勝利するでしょう。
申し訳ないのですが、誰かのための受験なら、この辺でスッパリ進路変更に踏み切るべきだと、私はアドバイスしますよ。
だって、人生は自分のためにあります。自分がしっかりしていてこそ、他者に目を向ける余裕も、やさしさも出てくるのではないかと、私は思います。
ご両親にそのことをはっきり言える、それが先ずあなたの第1試験かもしれませんね。
小学校3年中退の私が、1日20時間勉強して、大学を卒業できたのは、私自身の心の問いかけにしっかり答えたから 貫徹できたと、今でも確信しています。
だからこそ、学問の面白さ、学ぶことの幸せと喜びを、私は知ったのでしょう。
もう一度、ご自分に問いかけてみてください、大学に行くという意味と意義を。
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