【第五幕】 |
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「 | 姫! 三太夫でござりますぞ!」 |
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三太夫か。姫は、いま忙しいので後にせよ。どうせ大した用事ではなかろう?」 |
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姫! なぜ作業着姿に? しかも大きな丸太を前に置いて?」 |
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姫はな、この丸太を使ってなにか可愛い動物を彫刻しようと思っておるのじゃがな」 |
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エッ!? 口で……、彫るので?」 |
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愚か者め! ビーバーか、キツツキならいざしらず、口で丸太を彫るような人間がおるかぁ? 三太夫は知るまいが電動ノコギリだけで彫るのじゃ。チェーンソーアートというのであるがな」 |
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「 |
姫! 三太夫はチェーンソーについては一家言をもっておりますぞ! 姫! 姫はチェーンソーの唄を御存じで? 三太夫は最後まで唄えますぞ!」 |
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「 | チェーンソーの唄とな? 姫は知らぬが……どのような唄じゃ?」 |
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「 |
ふふふ、さすがの姫でもチェーンソーの唄を御存じないので? では、お教えしましょう。コホン。 ♪〜 チェーンソーが終わってぇ 僕らは生まれたぁ〜 チェーンソーを知らない子供たちさぁ〜♪」 |
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「 |
もうよい、もうよい。それはジローズのヒット曲『戦争を知らない子供たち』じゃ。どうせ、その辺に落ち着くと思うたわ。姫は忙しいのじゃ。はよう立ち去れい」 |
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「 | お平に、お平にご容赦を」 |
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「 | あ、そうじゃ。三太夫に訊こうと思いながら、ついつい今日に至ってしもうた。というのは、十三(じゅうそう)大橋から淀川に飛び込もうとしているそちを、今は亡き我が父君が助け、我が藩に縁あって就職した。 そのときの話の中に、そちの妻が、そちの子、当時、七、八才かのう、連れて、運動靴を買いに二人で出かけたが、 ♪それっきり、それっきり、もう〜、それっきり〜デスカ〜♪ そのような歌があったとか、ま、それはさておき、警察に妻子の失踪届けを、そち、出しておるか?」 |
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「 | シッソウトドケ? ……いえ、姫! 妻と子は歩いて運動靴を買いに行ったので。疾走はしておりませぬゆえ、その届も出しておりませぬぞ! もし家を出て走り去って行ったなら、三太夫もその時、オッカシィナァ? と思うたでござる」 |
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「 | わかった分かった届は出しておらぬのじゃな。もし、その届けを出していなければ、そち、どのような出会いがあり、女性(にょしょう)好きなそちゆえ、正式に結婚などしたくとも、問題が生じてくるぞ。 そもそも夫婦というものは、同居し、共に力を合わせて生活することとなっている。 どちらかが飛び出して、共に暮らすことを放棄した場合、離婚の理由となるのじゃ。 そこで、失踪届を出してさえいれば、失踪年月日が明らかゆえ、失踪して3年で離婚理由は明らかとなり、裁判所に届ければ、離婚の判決が下される。 失踪届を出していなければ、三太夫、これから先、様々な難儀が降りかかる。 三太夫、実子はまた別問題が生じる。すなわち、養育義務じゃな。といっても、実子はすでに、現在30〜40才ぐらいであったかのう。 成人した現在、養育というのもおかしいが、実子から、遡及(そきゅう)して子供の頃の養育費請求の裁判を起こした例もある。 その例は、父親が失踪したが、のちに父親の居どころが判明し、そこで実子から訴えられたのじゃ。 とにかく、失踪届は必要であるぞ。 妻も、いまだ再婚をしていないかも。 早い話、二重婚は、我が国では認められておらんのじゃ。 それにつけても、どこまで運動靴を買いに行ったのか……あっ、今は運動靴とは言わん、スニーカーと言うのではないか? 若い姫には、ようわからんがのう〜ホッホッホ〜」 |
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☆ ☆ ☆ ☆ |
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【三太夫覚え帖】 いやぁ、いつも姫のお話はタメになります。三太夫、また一つ賢くなりました!」と言っておいとましたものの……。「シッソウトドケ?」「ヨウイクヒ?」「ソキュウ?」「ニジュウコン?」 なんのこっちゃ? 姫は若くて美人で教養がおありじゃが、外国の言葉をやたらと使われるのが難じゃな。 よし! 今度、おいさめいたそう! |
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