姫 三太夫でござりまするぞ!

【第三十一幕】










 
この物語は、事実に基づき(?)ながらも、大胆かつ壮大に時空を超えた歴史ワールドなのである。
 笑い、時には怒り、また時には涙なくしては読めぬという空前絶後、絶体絶命、以心伝心のパラレル・ショートストーリーともいえる!
   登場人物
    
 (幻舟)
   
三太夫(パラワー人)


姫! 三太夫でござりますぞ!」

三太夫!! 生きていたのか! 姫は……ウッウッ、うれしい〜。
 新年のあいさつもろくろく来ず、いかに怠け者の三太夫とて、年に2回の登城とは少なすぎるではないか! 確か……、バレンタインデーの日に登城したきりではないか? 三太夫。
 今までどこで何をしておったのじゃ!
 城の者たちは、『ご家老は借金がかさみ、取り立ての怖いオニイサンに捕まって、コンクリートのクツはかされ、大阪湾に沈められ、ワカメと一緒に魚の交通整理してんのと違うやろうか』とか、『宇宙人にさらわれた』とか噂しておるぞ」

姫! 腰元たちが私の子どもを産みたいと、うれしい、うれしい、三太夫は、そんなに女子(おなご)たちに……」

スカタン! 何を自分の都合のよいように聞き間違えておる。スカタン! スイッチ、オンじゃあ!」

姫! 三太夫は無常観にとらわれ流浪の旅に出ておりましたぞ! 姫の本棚から蔵書を1冊借りて読んでおりました。冒頭の一節が『祇園の舞子はんは可愛いいな…』いや、違うような……。えーと……」

なんじゃ、そら?」

姫! 書物というのは読んでこそ値打ちが出るものでございまするぞ! いくら立派な書籍でも読まねば何の役にも立ちもうさん! これは有名な古典『ひらや物語』の冒頭の名文でござります! これくらいのこと、心得ごとでございまするぞ!」

それをいうなら『平家物語』じゃ! 平屋とか二階建てとかではない! 『へ・い・け・も・の・が・た・り』と云うのじゃ! なにが、祇園の舞子はんは可愛いいな、じゃ! 情けのうて泪もでんわ。

『祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
 おごれる人も久しからず、唯春の夜の夢のごとし。
 たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ』

 という名文を、何をどう間違えば、祇園の舞妓はん! になるのじゃ、三太夫!」

姫! そこまで噛んで砕いて言わなくとも……、まるで三太夫がアホのように聞こえますぞ!」

その通りではないか。で、『平家物語』を読んでどうしたのじゃ」

そうそう、それで三太夫は突如、無常観におそわれまして、『いっとうか』のように漂泊の旅に出ましたぞ!」


……『いっとうか』?」

……『にとうか』……かな?」

『いっとうか』とか、『にとうか』などと、運動会の徒競争かい! たわけ者! 『山頭火』のことであろう! 三太夫は、ろくすっぽ知識も無いクセに難しいことを言おうとするから、そんなことになるのじゃ! ところで、仕事をほっぽり出して、どこをうろついておったのじゃ!」

姫! 仕事をほっぽり出してはおりませぬ! 三太夫はちゃんと長期休暇届けを出しておりましたぞ!」

ああ、そういえば小姓の蘭丸が『ご家老の机の上に何やら封書が置いておりました。汚い字で判読が出来ず、風呂の炊きつけにいたしました』とか、いうておったな」

姫! それはあんまり……。三太夫はとにかく放浪をしようと、草をかき分け山道を歩きましたぞ!」

分け入っても分け入っても青い山、か……?」

山道で足を滑らせて転んでも誰も助けてはくれませぬ!」

すべってころんで山がひっそり、じゃな」

風が吹いてきて、どうしてこんな旅に出たのかと後悔しましたぞ!」

まっすぐな道でさみしい、というのもあったな」

姫! 先ほどから何をわけのわからぬことを……」

みんな、山頭火の俳句じゃ」

へ? 俳句といえば、五・七・五で……」

だから山頭火の句は『自由律俳句』というのじゃ。おちついて死ねさうな草枯るる、とは ならなんだか?」

それも山頭火で?」

そうじゃ。ところで一年近くも放浪しておって何か得たものはあったか? なぜ、また、どうして帰ってきたのじゃ?」

姫! 路銀も尽き、物乞いをしながら諸国を歩いておりましたが、そのうちに、なんでこんな辛い思いをして旅をしているのじゃろうと思い始めましてな、で、姫に質問しようと帰ってきたわけで……。エ〜と。何を得たかと言うとぉ、腹が減ったことしか……。姫! 質問でございまするぞ!
 人はどうして無常観におそわれるのでございましょう! 何もかも放り出してしまいたくなるのでございましょう! そんな時はどうすればよいのでございましょう!」

こりゃ、三太夫。なにもかも放り出して……とは。その方、嫁は子どものズック靴を買いにとかという理由で、子どもを連れて家出した。
 末はひょっとすると、独居老人であろう。花柳藩の家老とはいえ、これといった仕事も無かろう。何を放り出すというのじゃ? 姫が三太夫に質問したいわ。まァ良い。せっかくの質問じゃ。答えてつかわそう。
 そもそも人間とは、大きな事であろうと小さな事であろうと、他者になんといわれようと、自己の信念にしたがって、心をぶれることなく、自己が選んだ道を歩むものじゃあ。
 そして、自分にとって、歩む道すがらで我欲も邪念も出よう。迷いも挫折もあろう。他者と比べて自己の心にむなしさも湧いて出てこよう。年を重ねる中で、生きてきたことに、生きることに、なんで生きるのか、なんで他者と競うのかと、心の中で湧き上がる。
 しかしのう三太夫、生きる中で無常観さえ感じぬ人生は、姫は愚かな人生ではあるまいかと思うのじゃ。
 年老いても、人間の無常すらなんら感じず、無神経に生きて行く人間もいる。しかし、生きものすべて、永遠はない。いずれどこかで終焉(しゅうえん)を迎える、その覚悟が、ま、無常というものか。

『散る桜 残る桜も 散る桜』
 人は誰でも終焉を迎える。
 それが、無常とでもいうのかのう」

☆     ☆     ☆     ☆


三太夫覚え帖
「やる気がなくなっても、意欲が失せても、何もかも放り出してみたくなっても、無神経に生きていく人間よりはるかにましか……。三太夫が突然、放浪の旅に出てもお叱りもせず姫は温かく迎え入れてくれたしな。ありがたいことじゃ。
 確かに、自分中心に生きている人や、金銭欲・色欲・権勢欲などに目のくらんだ人は無常観とは無縁じゃろう。三太夫はそんな我欲のかたまりのような人間だけにはなりとうないわい。

 そうじゃ! 思い出した! 旅の途中で年末ジャンボ宝くじの券を一枚、拾ったぞ! もう発表が終わっているはずじゃ! 一等賞金は7億円じゃ! むふふふふ……。当たらぬかなぁ……、ひょっとしたら当たっておるやも……、いや、きっと当たっておるに違いない! ようし! 7億円でチャバレー通いじゃ! で、可愛い子ちゃんを口説いて温泉旅行に行くぞ! こりゃ蘭丸! 当選発表の載っておる新聞を持てい!」



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