【第十二幕】 |
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「 | 姫! 三太夫でござりますぞ!」 |
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「 | 三太夫か。その方、チャバレー・ハナヤギのみっちゃんに入れ込むのは良いが、仕事をサボっておるのではないか?」 |
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「 | 姫! なんということを! 三太夫は姫にそのように言われて悲しゅうござりますぞ! 三太夫がどれほど花柳藩のことを思うておると……ううっ! 誠に悲しゅうござりまする! 三太夫は花柳藩のために日夜、粉骨砕身 骨身を惜しんで働いておりますぞ!」 |
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「 |
骨身は削れ! 三太夫、花柳藩のために骨身を削って働け! 力を込めて長々と話しておるが結局のところ、骨身を惜しんで仕事をしておるのか? 三太夫はロクに言葉も知らぬくせに難しいことを言おうとするからこのようになるのじゃ。 この前もそうじゃ。姫の所に駆けこんで来たかと思うたら『姫! 面白い大学を見つけましたぞ! 日本国に、すもう大学という学校があるのですぞ! やっぱり、力士にも学歴が必要なのですかな!』と申すからパンフレットを見たら、さがみ大学ではないか。その方は相撲と相模の違いもわからぬのか?」 |
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「 |
いや、それは……ううん、エエとですな?」 |
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「 |
日本語が乱れておると言われて久しいが、三太夫、そちのような者がおるから日本語がスポイルされるのじゃ……いや、これは姫としたことが。三太夫、許せ、許せ。姫ともあろう者が、ついEnglishを使ってしまった。最近は国際電話を使い、英語で会話する機会が多いからな。昨日はタァボー、今日はトミーとEnglishで会話したのじゃ。三太夫に英語がわかるはずもないのに、これは失礼した」 |
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「 |
姫! 姫は三太夫を見くびっておられますぞ! Englishの一つや二つ。花柳藩の家老職を全うしておる三太夫でござりますぞ! えぇと。スポイルでございますな。うーん。スポイルですな、うん。なんと申しましょうか……。そうそう、スポイルでございますな! あれはぁ、確かあ、小学校の理科の授業で使いましたな。イチジク浣腸をチョット細身にしたような形をしておりましてな。ケツの、膨らんだゴムの部分を押して空気をだしましょ。そして液体の中に先っちょを突っ込んで押す力を緩めると、液体がスポイルの中に吸い上げられる。昔は万年筆などにも使い、ふふふ、それでござりましょう……」 |
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「 |
なにが、ふふふ……じゃ。三太夫、それはスポイトじゃ。さっきも申したであろう。知ったかぶりをするのではない。姫が言うは「spoil」、スポイルじゃ。「駄目にする」とか、「台無しにする」という意味であるぞ。三太夫の言うは「spuit」、スポイトじゃ。これはオランダ語で、英語ではDropperというのであるがな。もうよい、もうよい。下がれ、下がれ」 |
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「 | いや、いや。今日は姫に質問があって参りましたぞ! 姫! 三太夫は新聞を読んでおっても分からぬことばかりでござりますぞ! 『TPP』? 『IAEA』? 『PKO』? 『IMF』? 世の中のことを知ろうと新聞やインターネットを見ているのに何でございます? これは? 読めば読むほど分からなくなりますぞ! 三太夫に分かるのは『HYH48』でハナヤギ藩48だけでござりますぞ! なんでもかんでもカタカナにしたり略語にしたりで、余計に分からなくなりますぞ! 姫! 姫はこのような風潮を、いかがお考えで?」 |
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「 | よく言うた、三太夫。まったくその通りじゃ。 いまは亡き母君が、ある日、怒って、 『近ごろは何でもかんでもアッチ語で、読めまへん。銀行かて合併やゆうて次々変わって、今、なんとケネディーさんが買い取りはったみたいで……』 『ケネディーさんて、あの謎の暗殺といわれているJFKかなア……』 『さいなあ。銀行の名前がジェイ・エフ・ケイになってますねん。しかも、その名前で商売してますねんで。戦争に負けたかというても、ここまで踏みつけにされて、アッチ語で商いされて、もうニッポンは終わりドスなア〜』 などと、怒りとともに嘆(なげ)いておられた。 どこやらの銀行名を読み違い『JFK』と読んだのであろうが、アッチ語に慣れぬ母君にとっては、無理もないことであろう。 あ、そうじゃ、わらわが生まれる以前、我が父君に、三太夫、次のようなことを言うたことがあるとか。 ある日、三太夫が町から帰るなり、 『えらいことでござります。西宮のエビスさんが、国際的に有名になり、ついにアメリカで映画になりましてござりまする! タイトルは、そのものズバリ、『十戎』、とうかエビスでござります。ニッポン、いやエビスさんも、えらい有名で、西宮のエビスさんも喜んではりまするでござりましょう!』 などと言ったそうじゃなあ。あれは『十戒』(じっかい)モーセの十戒といって、ヘブライ語の原義「10の言葉」の話じゃ。そもそも漢字を読み間違えて、そちらしい“おっちょこちょい”と、父君は微笑ましい話のひとつとして申されておったぞ」 |
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「 | エッ! そ、そ……、ソクラテス……」 |
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「 | 古いワ!」 |
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「 | ……エッ〜そ、そんな、昔、昔ばなし……あるところにオジイさんとオバアさんが……へへへ」 |
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「 | なにをとぼけたことを……ホホホ……。 確かにニッポン語、そのものが乱れておる。 ニッポンの政治を動かすような御仁(ごじん)が、『未曾有』(みぞう)を、堂々と『みぞゆう』と、しっかり間違った、某麻生とかいうオノコがおったのう。きゃつは、ヘタな英語も使うしのう〜。あれでは、子どもたちや若者に、言葉の乱れを指摘もできん。 あれ以来、記者会見のときなどの原稿には、大〜きな文字で、ふりがなをつけているエライ人が多くなったのう、ホホホ。 おお、そうじゃ、
簡単にいうと、こういうことかのう〜、三太夫、あい分かったか。 しかし、このアルファベットの略し方は、仲間同士や、知り尽くした人たちならいざ知らず、テレビやメディアで発表するときは、万人に分かる表記で伝えるのが当然のこと。 メディアリテラシー(メディア報道を読み解く)能力の、まだ未完成な我が国では、 『分からんヤツは、世の中から落ちこぼれたらいいんだ!』 てな、メディア側が特権的意識にみえ、メディア報道の傲慢(ごうまん)な心理が見え隠れする、と姫は思う。 万人に理解できるニッポン語で話せるのが、真の教養だと、三太夫、心するように、よいのう」 |
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【三太夫覚え帖】 さすがは姫じゃ。三太夫にも分かるように丁寧に教えて下さるわい。 しかし、「十戒」と「十日戎」を間違ったことまで父君から聞かれて知っておいでとは。まいったね、こりゃ。 モーセとかいう ご仁が「商売繁盛で笹持って来い」って変だなぁとは思って居ったのでござるがな。 ところで、十戒の後の姫のお話は、なんやら難しくって眠ってしまったわ。 TPPとかIAEAとか、結局のところNKWじゃ。何のこっちゃ分からん。 |
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