【第十六幕】 |
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「 | 姫! 三太夫でござりますぞ!」 |
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「 | 三太夫か。随分と声に元気がないな。挨拶に力がないぞ! 姫には理由が分かっておるがな。コメンテーターとしてテレビ花柳に出演したのはよいが、なにも話せなかったそうじゃな。花柳藩の家老職としての地位を利用しテレビ局に圧力をかけ、『三太夫、もの申す!』とかいうコーナーを作らせたそうじゃな。 ところが先日、姫の前で日本のテレビコメンテーターの悪口を言ってしもうたであろう。 日本のコメンテーターは、 『なんとかしないといけませんね』 『早急な対策が望まれます』 『もっと議論しないといけませんね』 この三つのコメントしか言わぬとか立派なことを申しておったな。 三太夫自身がテレビに出演したら姫への手前、評論家やコメンテーターが安易に使っているこの便利な三つの言葉は使えぬ道理じゃ。三つの魔法の言葉に封印したら、三太夫には他に喋ることは無いであろう。で、せっかくテレビ局に圧力をかけて作った15分のコーナー、初登場したものの最初から最後まで一言も話せなかったと聞いておるぞ」 |
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「 | アゥ!」 |
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「 |
だいたいな、三太夫。その方はロクに知識もないのにいつも知ったかぶりをするからいかんのじゃ。この前もそうじゃ。姫が客人と、絵本作家の葉祥明(よう・しょうめい)先生の話題をしておった。葉先生が1990年の創作絵本『かぜとひょう』でボローニャ国際児童図書展グラフィック賞を受賞された時のことを話しておったら、三太夫、その方、いつものように知ったかぶりをして、 『姫! ボローニャの歌をご存じで! 葉祥明先生と同じく熊本出身の水前寺清子がボローニャの歌を唄っておりまするぞ!』 と会話に割り込んできたな。姫もお人好しじゃ。いつものように、ついウカウカと聞いてしまったわ。その方、客人と姫の前で堂々と唄ったな。 『チャカチャンリン、チャカチャンリン 〜ボローニャ着てても心のにしきぃ、どんな花より奇麗だぜぇ〜♪』 三太夫! 臆面もなく三番まで唄ったな、しかも振付付きでじゃ。どうした、三太夫。今日は言い返す元気もないか。花粉症か?」 |
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「 |
アゥ アウゥゥ……」 |
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「 |
こりゃ、三太夫、『忠臣蔵』という話を聴いたことがあるか? 「焼酎の蔵」ではないぞ、前もって言っておくがのう。 人形浄瑠璃、芝居、映画等にもなり、「おかずに困れば豆腐料理、外題(げだい)に困れば忠臣蔵」などといわれるほど有名で、ニッポン人、誰にも心にしみる、しかし、現代社会ではすべて消え去ったやもしれぬが、人間としての信義や忠義、武家社会の不条理なども語られ、肉親への細やかな情愛……等々も、まるで絹織物を紡(つむ)ぐごとく、こまやかに語られた作品じゃ。 諸説あるが、一般に伝えられている物語は、播州赤穂の城主が重大な仕事を江戸城内で務めるとき、その指南役である上司に付け届けをしなかったことに対して遺恨を持たれ、今でいうところの“パワハラ”の連続。 しかし、それに耐えながらも、最終日についに我慢の糸がプツッと切れてしまった。 城中、松の廊下において長老である上司に向けて刃(やいば)を抜きはらうと同時に、眉間に斬りつけてしまった。 周りにいる同僚たちの手によって両脇を抱えこまれ羽交(はが)い絞めとなり、無念の一太刀となった。 赤穂の城主、浅野内匠頭(あさの たくみのかみ)は、徳川家康公が作った武家御法度、今でいうところの法令である『喧嘩両成敗(けんかりょうせいばい)』という決まりさえ適応されず、なんら取調べることもなく、事件発生当日に某藩江戸屋敷の庭先で切腹させられたのじゃ。 三太夫! 聴いておるのか! ここからが本題じゃ! 浅野内匠頭が家臣に言い残した最期の言葉は、 『播州赤穂に帰りなば……内蔵助に……、余(よ)は無念じゃと、伝えてくれ……』 と、国家老、大石内蔵助に胸中を吐露した。 その言葉の意味する胸中を深く察し、日頃は立派な言葉を吐いていた家臣は、日々どこかに消えうせたり、後足で砂をかけるような家臣の後ろ姿を無言で見つめながら、主君の恨みをはらさんと大石は、残ったわずかな義士たちだけで見事本懐を遂げたのじゃ。 世が世であれば、三太夫、そちは大石内蔵助と同じ、国家老、すなわち城代家老じゃ。 姫が、やむにやまれず国立劇場か国会議事堂の松の廊下において刃傷に及んだとき、大石内蔵助のように人を束ねて姫の恨みを晴らしてくれるか!? あ、あ……言えば言うほど侘しくなる。 しかし三太夫、姫はそちを信じておるぞ! 三太夫は、姫にとっては、大石内蔵助と同じ、城代家老じゃ。 用がなければ、今日は下がってよいゾ!」 |
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「 |
姫! 姫に質問がござりまするぞ! 姫は以前、テレビのコメンテーターとして活躍されていたとか! どのようにしたら姫のように当意即妙のコメントができるのでございましょうか! その極意をお教え下され! 三太夫も気のきいたコメントをして、今回の汚名を挽回いたす覚悟でございますぞ!」 |
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「 |
汚名は返上せい! 挽回するのは名誉じゃ! 汚名を挽回したら、いつまでたっても汚名まみれではないか、スカタン! あっ、当意即妙のコメントであったな……。 どのような問題であろうと、自分の本心を考えてみること。 他者の受け売りや、美辞麗句を連ねることを考えないこと。巧みな言葉を並べ上げたところで、その問題点の光と闇をしっかり身をもって理解していてこそ、即答もできよう。 自分の真の考えから発する言葉は、他者にも説得力や実感を与える。他者の考えなど、気にすることはない。 三太夫、エエこと言おうとか、エエとこ見せようでは、発言も、当たり障(さわ)りのない薄っぺらいものでしかなくなってしまうものじゃ。 ま、簡単に言うと、自分の内面を真に見つめられたとき、的を射た当意即妙のコメントもできよう。 三太夫、分かってくれたかのう〜 コラッ!」 |
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【三太夫覚え帖】 「アウゥゥゥゥゥゥゥ……、悔しいワン。苦し紛れの質問こそできたものの、姫の理路整然としたお話になにも言い返せなんだ。どうして、ああ筋の通ったお話ができるのじゃろう。半分 意識が飛んでいたので詳しいことは覚えてはおらぬが……。 でも人間が他人に、エエとこ見せようという欲っ気がなくなったら、努力とかしようと思うのじゃろうか? 人からよく思われたいとか尊敬されたいとか思う気持はいかんのじゃろうか? 人間が欲望を全部、捨ててしもうたら、もし煩悩をすべて消し去ったら、それこそ神仙になってしまうのではなかろうか? もし、神仙になったらチャバレー花柳のみっちゃんを見てもワクワク、ドキドキせんのではないか? 姫! 三太夫は煩悩を抱えたままで生きていきまするぞ! ああ! 煩悩を抱えたまま人前でエエ格好できる方法はなかろうか? |
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