【第十八幕】 |
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「 | 姫! 三太夫でござりますぞ!」 |
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「 | こりゃ、三太夫。その方、長期休暇を取ったばかりなのに……、なぜまたこうも長い間、登城せぬのじゃ? 月に十回以上も有馬温泉へ日帰り出張でもしておったと申すのか?」 |
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「 | 姫! さぁんだゆうわぁ! うぉー! エーン、エーン」 |
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「 | コラ! ウソ泣きはするな! もう良い、もう良い。号泣会見なぞ真似ても姫には通らん、それに、もう世間の人は忘れておるぞ! ちょっと話をむけたら、三太夫は古いネタで返すが、相変わらず退屈な男よのう」 |
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「 | 姫! 三太夫は、自宅にこもり心理学と統計学の研究をしておりましたぞ!」 |
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「 | パチンコ心理学と競馬統計学か?」 |
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「 | ムグッ! フグッ! ……」 |
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「 | どうした? 三太夫? 図星じゃろう。急に無口になったな」 |
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「 | 姫! 三太夫は無口ではござりませぬぞ! 無口とは、話をするネタが何もなく、ただ黙っているだけの男のことでございまするぞ! 三太夫はカモクな男でござりまする! カモクとは、伝えるべきことは沢山あるのに沈黙を守っている男のことでございまするぞ!」 |
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「 |
ほう! 三太夫が寡黙な男とはな? で、どんな風に寡黙なのじゃ?」 |
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「 |
英語、算数、国語、理科、社会、音楽、家庭科……」 |
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「 |
それは科目じゃ。それを言いたいがために、わざとカモクと言っておったのじゃな。ふぁ〜ぁ。すべて読めておるぞ。寝ぼけたことばかり言いよって! 1ケ月、2ケ月の休暇では足らんな。数年単位で休みを取ってよいぞ! なんなら、もう二度と登城せずともよいぞ」 |
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「 | 姫! 今日は姫に質問がござりまするぞ! 日本人は、どうしてこんなにも過去のことをすぐに忘れるんでござりますか? 号泣記者会見の兵庫県議のことも、もうすでに過去のことでござりまする! 個人の問題にすり替えて肝心な議論が抜けておりました! 政務活動費とは、つまり公金。貧しい生活をしながらもキチンと税金を納めた方々の血税をですぞ! 何に使ったかわからぬなぞ! テレビを見ておりましたら、マスコミが政務活動費を調査しようとすると、閲覧は出来てもコピーすら出来ぬのですぞ! まさに臭いものに蓋。これでは日本全国でどれだけの血税が無駄に使われているか分かりませぬ。 村会議員から国会議員まで、すべての活動費をインターネットで公開すべきでございませぬか! いつでも誰でも自由に閲覧できるようにすべきではございましょう! 議員だけでなく高級官僚の天下りについても全て公開すべきでござります! 日本がこうまで堕落したのは、何か問題があってもワァワァ騒ぐだけで、何の反省もしないからでござります! 過去のことを直ぐ忘れるからでござりまする! 姫は、このような日本の状況をいかに思われておられるので?」 |
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「 |
あいかわらず質問で逃げるのか? まぁ良い。せっかくの質問じゃから答えてつかわそう 一言でいうと、ニッポン人は老若男女、すべてが“伝染性慢性健忘希薄症候群”にかかっておるのじゃなア」 |
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「 | ヘエ〜、そ、そ、そんな病気があるので?」 |
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「 | 知らん!」 |
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「 | でも、姫、今、おっしゃった……」 |
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「 | 今、姫が言った診(み)立てはデタラメじゃが、見事な診立てであろう。喉(のど)もと過ぎれば熱さを忘れるなどと、昔は言ったそうな。しかし、そんな生易しいものではない。 苦境のどん底に立って、たった一言の言葉によって、もう一日、生きてみよう……と、心底、泪したか。 もちろん、その反対の経験もじゃが……ニッポン人は国家の政策、演出によって、骨の髄(ずい)まで中産階級意識を叩きこまれた。 今、世の中で流行(はやり)言葉のように言われている『絆』、姫からいうと、チャンチャラおかしい。人と人との『絆』などありはせぬ。 他人のことより、まず自分のこと、自分の生活が一番! 徹底的に刷り込まれたその意識が、他者の出来事や、社会的事件、政治的許しがたい重大事であっても、瞬間的に『まあ〜ひどい』てな、口先だけ、心の隅(すみ)だけで感じるのみじゃ。 真の怒りや、生命をかけた怒り、人間としてのプライドや尊厳等々踏みにじられていても、そのときばったりで、1時間も経てば忘却の彼方(かなた)じゃあ。 そのように、国家権力の手練手管によって、ニッポン人の精神構造までも改造されてしまった。 その改造は、第二次世界大戦の敗戦から、徐々に刷り込まれたものと、姫は思う。 もともとニッポン人は、情の深い礼節を重んじる人種であった。 だが、敗戦の後、戦争最高責任者であるA級戦犯は、政治利用と共に、取り引きで逃げ切った。 B・C級戦犯の、召集令状で引っぱられた弱い人々は、重い罪を背負わされ、戦勝国に処刑された。 身をもって、弱い人間はどこまでもどん底に追い込まれる! と、この間の歴史によって、学び、刷り込まれたのであろう。 しかしのう、三太夫、ここでもっともっと賢くならねばならん。 弱い大衆が“集団健忘症”にかかって、自我のみのことだけで生きているということを、誰が喜ぶか、ということ。 大衆が愚かになればなるだけ、権力の座に坐る人間が喜ぶのじゃあ。 死んでも忘れてはならん怒りや、強い思いは、人間ならあるはずじゃあ……いや、なければ人間とは言えんのだからのう。 少しは、分かってくれたかのう?」 |
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【三太夫覚え帖】 「そうかぁ……、デンセイセイ、マンセイ……ケンボウ……なんたら? シュウダンケンボウ……なんたら? よう分からんがインテリの言うことは、どこか説得力があるように思うのう。ただ、学があるのは良いが、姫の悪い癖じゃな、なにかというと直ぐにフランス語をお使いになられる。いつかお諫めいたさねば。 ところで三太夫が退出した後、勘定奉行が姫に呼ばれておったな。ふすま越しに、こそっと聞いておったら花柳藩の政務活動費をインターネットで公開せよとか。 アリャァーー! すると、三太夫が政務活動費でたこ焼きを買ったのバレてしまうではないか! なんとかして阻止せねば!」 |
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