姫 三太夫でござりまするぞ!

【第二十三幕】










 
この物語は、事実に基づき(?)ながらも、大胆かつ壮大に時空を超えた歴史ワールドなのである。
 笑い、時には怒り、また時には涙なくしては読めぬという空前絶後、絶体絶命、以心伝心のパラレル・ショートストーリーともいえる!
   登場人物
    
 (幻舟)
   
三太夫(パラワー人)


姫! 三太夫でござりますぞ!」

おや? 三太夫か? 長い間、顔を見せなんだな。城中ではいろんな噂が流れておったぞ。『借金が返せずに、ヤクザに花柳湾に沈められた』とか『誰からも相手にされず、この世をはかなんで出家した』とか『宇宙人に連れ去られた』とかな。もっとも、そちを連れ去るようなモノ好きな宇宙人などおるまいと、宇宙人説は立ち消えになったがな」

姫! 三太夫は禅寺にこもっておりましたぞ! 諸行無常を感じ、自分を見つめなおそうと座禅の日々でございましたぞ!」

三太夫、目が泳いでおるぞ。嘘じゃな、その話は。だいたい三太夫がこの世をはかなむはずがなかろう。物欲、色欲、名誉心、顕示欲、なんでも取りそろえておるからな。執着心のカタマリのような三太夫が言うに事欠いて諸行無常とはな。どうせパチンコ屋に入り浸りであったのじゃろう。いっそのこと宇宙人に連れ去られたらよかったのになあ」

姫! ……。話題は変わりますが」

話題、変えるのか。図星であったな、パチンコ店入り浸りは。用がなければもう帰れ。三太夫はパチンコ依存症のせいで、退職金はすべて前借しておるしな。帰れ、下がってよい!」

姫! 三太夫は姫に質問がございますぞ!」

困ったことがあれば質問で逃げるか。いつものことじゃな。まぁ良い。なんなりと申せ」

姫! 三浦洸一の往年のヒット曲『弁天小僧』の歌詞の中に『オットどっこいサラシは一本、切ってきた』というのがございましょ。そうそう、娘に変装した弁天小僧が男と見破られ、どこへなと突き出しなせぇと開き直った後のセリフでございますがな。サラシを一本、切ってきてどうするのでございましょ? この意味が前から分からんのです、三太夫には」


苦し紛れの質問じゃろうが、なんでそんな質問が出てくるのか、姫にはその方が疑問じゃ。まぁ、良い。久しぶりの三太夫の質問じゃ。答えてつかわそう」

あ……ありが……とう、ござ……ります……くっくっ」

泣くほどのこと……あっ、三太夫、そなた、泣き声はうまいが、泪が出ておらん……のオ〜」

ゲッ〜、そ、そんな〜、あ、ア〜ん、ア〜ん、ア〜ん」

どこやらの議員の記者会見を彷彿とさせる泣き声じゃのオ〜。もうよい、小芝居はせんでよい。
 『弁天小僧』じゃのう。まず、姫は、その『弁天小僧』なる御仁を見知りおきがないが、そもそも「サラシ」について初めに述べてとらす。
 『弁天小僧』なる御仁が存在していた頃を推定するに、江戸時代であろう。ということは、当時「サラシ」なる布は、現代のような形では売っておらなんだ。
 大人の着物が仕立てられるくらいの長さ、すなわち一反(いったん)単位で売られている。その「サラシ」を染めて、様々な着物やその他、たとえば暖簾(のれん)、いまでいう「ラペストリー」などもそうじゃ。芝居小屋のおもてを飾る「のぼり」なる旗もその一つ。
 一反で買い求め、その「サラシ」を、めいめい用途に応じて切ってのう、使用した。妊婦は腹帯として胎児の保護のため「サラシ」を巻く。岩田帯(いわたおび)じゃ。また男性は下帯(したおび)、今でいうブリーフ、もっというとフンドシよのう。
 そして、ことある時にそなえて「サラシ」を胸から下腹までしっかり巻き、締める。『腹をくくって』という言葉のようにのう。
 そこで、問いの『弁天小僧』のことじゃ。
 『弁天小僧』なる者は、居直り強盗、詐欺、ぼったくりと、犯罪を繰り返しているワルじゃ。
 修羅場をくぐってきている人間は、それなりに、何時(いつ)どのような場で、どのような結果になると、経験則もあろう。
 修羅場に向かうアジトから出立(しゅったつ)するときには、下帯も真っ新(さら)な「サラシ」に替える、どのような死にかたをするかもしれん故にのう。
 そして、腹をくくってくるからには、真新しい「サラシ」をしっかり締める。自分の身体を守る、という役目もある故にのう。
 今どきのノー天気で、思いつき、行き当たりバッタリ、しかも残酷非道で、弱い者を狙う、これらの犯罪行為者や、若者には解りはせんであろうが、何かを起こすときの気構えというのであろう。
 『腹をくくって』この場に来ているデ〜イ、てなことじゃなア。
 あ、一つ付け足しておくが、藤島桓夫(ふじしま たけお)殿が唄う『月の法善寺横丁』だったかのう、“♪包丁一本 サラシに巻いて〜”てな歌詞があった。あれは腹に巻いてではない。包丁を腹に巻いたら大ケガじゃあ。
 板前の修業は、様々なお店を渡り職人として働く。そのとき自前の包丁を持ち歩くのじゃ。命より大切にする包丁、サラシに巻いて、今でいう手ぬぐい、西洋風にいうなればタオルかのう、それにくるんで修業の旅をするのじゃ、解ったか、三太夫。
 そなたも結果をよくシミレーションして、いや、いかにシミレーションしようとも、人生は自己の思い通りにはいかん。
 近ごろ、お上の連中が逃げをうつときにいう『想定外』、あれなどは、まさに人間のおごりじゃあ。
 少ない経験則と、自分たちの都合の良い『想定』絵図面を描(か)いておいて、逃げ口上が『想定外』だと?
 ふざけんじゃねえ、お天道様はお見通しでい! テメエら、そっ首、まとめてぶった斬ってやるゼエ〜」

ギェ〜、ヒ、ヒ、ヒメ〜ェ!」

あ、三太夫、すまぬ、姫がいっておるのではない、『弁天小僧』とやらが生きておられたら、彼のセクトである『白波五人男』衆が、このように激怒するであろう……と、いうことじゃ、たとえじゃのう。三太夫、解ったかのう〜」
☆     ☆     ☆     ☆


三太夫覚え帖
「ヒェ〜〜! 苦し紛れの質問をしたのに「サラシ1本」でここまで解説されるとは! 姫の博学ぶりにはいつものことではあるが舌を巻くわい。
 三太夫は、♪〜包丁いぃっぽぉん サラシにまいてぇ〜♪ は、てっきりおなかに巻いたサラシに包丁を差しておくものと思っておったが、それではお腹が血だらけになるわな。
 サラシを一本切るとは腹をくくって、ということか。
 明日は花柳ホールの新装開店であったな。サラシを巻いて行ったら勝てるかな?
 それにしても今日は失敗したな。目薬を持っていくのを忘れたわ。次に姫に会う時は、いつでも涙を流せるように目薬を持っていかねば。
 ふふふ。また賢くなった」



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