【第二十七幕】 |
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「 | 姫! 三太夫でござりますぞ!」 |
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「 | 三太夫……か? 生きておったのか? 長い間、そなたの姿を見かけなかったからな、とっくに三途の川を渡ったのかと思っておったぞ」 |
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「 | 姫! 三太夫は泳ぎが出来ませぬぞ! ですから三途の川を渡ろうとすれば溺れ死にしてしまいますぞ!」 |
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「 | 三太夫、そなたの話はどこかおかしいな。人間は、死んだから三途の川を渡るのではないか? 死んだ後も三途の川で溺死するものか?」 |
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「 | 姫! あれこれ詮索してはなりませぬぞ!」 |
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「 | まぁ、そんなことはどうでもよい。三太夫、長い間その方が顔を出さぬから腰元どもは喜んでおったがな、今までどこで何をしておったのじゃ?」 |
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「 | 姫! 三太夫は教養をつけようと一生懸命でございましたぞ!」 |
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「 | 三太夫が勉強? 最近、台風の発生が多いのは三太夫のせいか? 何の勉強をしておったのじゃ?」 |
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「 | 姫! 姫は♪〜蛍の光 窓の雪〜♪という歌をご存知でございますか?」 |
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三太夫。それは『蛍雪の功』といってな、昔の中国での、学問にはげむ故事を唱歌にしたものじゃ。東晋の時代の車胤(しゃいん)は、家が貧乏で明かりをともす油が買えなかったために蛍の光で勉強していたのじゃ。また同じ頃、孫康は夜には窓の外に積もった雪に反射する月の光で勉強していたというな。三太夫、その方は何をしておったのじゃ?」 |
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「 | 姫! 三太夫は蛍の光で勉強をしたという故事に習い、花柳水源へ昼間から蛍探しに行っておりましたぞ! 姫! 蛍を捕まえるのは骨が折れますな!」 |
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「 | アホ! 真っ昼間から蛍を取りに行く暇があったら、その時間を勉強に充てるべきではないか! そういうのを本末転倒というのじゃ! 分かるか? 三太夫。ホ・ン・マ・ツ・テ・ン・ト・ウ!」 |
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「 | 姫! オ・モ・テ・ナ・シみたいですぞ! 姫はすぐになにかというと難しい言葉を使うのが悪い癖でございまするぞ! そのう……、なんとか転倒でございましょう? えぇと……、あぁー、うーんと……、 あ!! そうかぁ! 姫! 姫も例えが古うございますなぁ。ナッツかしいなぁ、『番頭はんと丁稚どん』 まだ若かりし頃の大村崑(こん)さん主演の超人気テレビ番組でしたなぁ。大村崑さんが扮する崑松という丁稚が、丁稚仲間から『崑松、チョット来い!』とか言われて、ヒョコヒョコっと歩いているうちにゴロンと転ぶのでございますな」 |
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「 | なんじゃ、それは?」 |
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「 | 崑松転倒!」 |
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「 | 三太夫……。もうよい。気のすむまでホタル狩りに行ってまいれ。もう二度と帰ってくる必要はないぞ!」 |
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「 | 姫! 三太夫は姫に質問がございまするぞ!」 |
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「 | またか……。質問に答えたらすぐに帰るのじゃな。早よう質問せい」 |
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「 | 姫! 今、自動車はどんどん進化しおりまするぞ! テレビCMを見ても両手を離しても自動運転したり、障害物があれば勝手に止まるのですぞ! 自動車だけではございませぬ。ロボットも恐るべきスピードで人間に近づいておりまするぞ! このままでは人間のすることが無くってしまうのでと心配する人もおりますぞ! ところが、コンピューターが発達し、機械も進化しているのに、どうして人間はこんなに忙しいのでございましょう? 休日出勤やサービス残業は当たり前。どうして世間の人はこんなに忙しいのでございましょう? 江戸時代など現在のように機械もコンピューターも携帯電話も無いのに、もっとゆったりと過ごしておりましたぞ。姫、お答えくだされ!」 |
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「 | う〜っ、よくぞ問うた。三太夫、久方ぶりのヒットじゃあ! あわただしく、せわしいニッポン中。あわただしい割には、富める人と貧しき人々、すなわち格差社会を姫は憂いておった。 そもそも、これらの出発点は産業革命(18世紀後半〜19世紀前半)。イギリスで起きた技術革新による機械化、すなわち機械による、今日でいうオートメーションの始まりじゃ。それによって、どんどん社会構造も大変革。 おお、そうじゃあ〜、三太夫も観たであろう、チャップリンの映画の中に『モダンタイムス』というのがあったのう、あれはまさしく産業革命による風刺じゃ。 イギリスから発生した産業革命はヨーロッパへ広がっていく。 初めは経済活動発展のために、人間の叡智(えいち)を結集し機械化を導入した。 しかし、人間の欲というものは限りないもので、もっと、もっと、と、脇目もふらず突き進む。 初めの目的を忘れ、人間の欲は、次第に、他国より自国をと、侵略や殺戮(さつりく)の中で、強い国、弱い国となっていく。 今のニッポン社会も、そのひとつで、“人なみに”と考える人々と、“人よりもそれ以上の暮らし”を求める人々との違いは歴然。 無意識・無自覚・無関心の、現在の社会を作り上げてしもうた。 しかし、人間の心というものは機械化できぬ。 どんなにロボットやコンピューターが進化しようとも、決して人間の心を超えることはできぬ。 人と人との間で交わす一言によって救われることもあれば、その反対の言葉もある。人間が人間として生きている証(あかし)なのじゃ。 人間がどんなに叡智を駆使して機械化しようとも、地球の速度は変えられぬ、お月様を動かすこともできぬ。 ちっぽけな人間としての分(ぶん)を知り、人間の愚かしさも知り、その為には、まず自分に問うこと、我欲に溺(おぼ)れていないのか、と、なあ。そして、ひとりひとりが、もっとゆっくり歩むことを、姫は念じているのじゃあ」 |
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【三太夫覚え帖】 「さすがは姫君! 胸のすくようなご回答じゃ。しかし、いつも難しい言葉を使われるなぁ。三行カクメイ? 手紙を書くときは三行で書いては行けないということか? しかし、人間には地球の速度を変えたりお月さまを動かしたりは出来ない、とは気持ちのよいお話じゃ。そもそも、人間が神様、仏様を心から敬わぬから、今日のような腐敗堕落した社会になったのじゃ。 よし! 遅まきながら、三太夫も神、仏を敬い熱心に拝んでみよう! そしたらパチンコで大勝ちするかな? ふふふ」 |
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