【第二十九幕】 |
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「 | 姫! 三太夫でござりますぞ! 明けましておめでとうございます!」 |
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「 | こりゃ、三太夫。今日を何日と心得ておる。姫への新年の挨拶は元旦に来るべきではないか? 大食いの三太夫ゆえ、お餅でも食べ過ぎて身体をこわしているのか、それとも、あわてん坊の三太夫、お餅を喉(のど)に詰めて救急車騒ぎをしているのかと、内心、案じていたのじゃ。 『“姫! 三太夫でござりまするぞ!”は終わりましたか?』とか、『新年から始まる新シリーズが楽しみです』といったお便りも多いぞ。どうじゃ、この機会にスッパリと引退しては?」 |
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「 | 姫! 新年早々、なんと冷たいことをおっしゃります。これでも三太夫には熱烈な支持者がおりますぞ!」 |
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「 | ふむ、そのようなお便りもあったな。亡くなったご主人を思い出すとか……。ご奇特な方もおられるものじゃ。でも、大多数の人はそうは思っておられぬぞ。『三太夫殿のような呑気者でも家老職が務まるのですか?』といった投稿が圧倒的に多いな」
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「 | 姫! 三太夫は呑気者ではござりませぬぞ! 至って心配症でございまする。病的なくらいに心配症でございますぞ!」 |
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「 | 苦し紛れに適当なことを言うのでない。新年早々、言い訳全開か?」 |
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「 | 何をおっしゃるウサギさん、でござりますぞ! 三太夫は本当に心配症ですぞ。たとえばでございますな、山登りをしようと思い立ったとするでございましょう。登山靴や雨具などの準備は当然のこととして、イノシシや蛇に襲われたらどうしようと先々の心配をするのでございます。銃の所持免許を取得しライフルを持っていこうかと思いましたが、その辺の里山を散策するのに鉄砲持参の人はいないことに気づきました。では登山ナイフを、とも思いました」 |
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「 | 銃砲刀剣類所持等取締法違反により逮捕じゃなあ。2年以下の懲役又は30万円以下の罰金じゃ」 |
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「 | アッ、それもあったか! しかし、山道で転倒したはずみにナイフが太ももに刺さる心配もあり、取りやめました。で、思いついたのがパチンコでございます。スリングショットともいうそうですな。古典的なのは木製でY字型に
なった両端に太っといゴムをつけ、弾を飛ばすというやつですな。で、弾はどうするか考えた挙句、パチンコの弾にはパチンコ台の玉がよかろうと考えつきました。パチンコ屋へ行って床に落ちてる玉をくすね、パチンコ持参で山歩きをするというイメージトレーニングをいたしましたぞ。で、三太夫が山道を歩いているとマムシと遭遇。三太夫は近くにある岩の上に避難。しかしマムシは岩の上に上がってくるのでございます。その時、三太夫はかねて用意のパチンコをリュックから取り出し弾を装填しマムシめがけて撃つのでございますぞ!」 |
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「 | ほう、それでイメージトレーニングでは見事、マムシに命中するのか?」 |
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「 | トレーニングの結果は『わっ! 弾がそれた! あっ! 岩に当たって跳ね返ってきた! チーン! 痛っ! 歯に当たった! と、なるのでございます! もちろん、パチンコ屋から玉をくすねて店を出るとき店員に声をかけられ交番まで連れて行かれる、というのも想定内でございますぞ!」 |
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「 |
こりゃ、三太夫。何もせぬうちからそんなことまで心配しておるのか? リュックも登山靴も買ってはおらぬのじゃろう。パチンコもパチンコの玉も準備する前から、弾が岩に跳ね返って自分の歯に当たって痛いところまで心配しておるのか? これはかなり重症じゃな。その万分の一くらいでも仕事のことを心配すれば良いのじゃがな」 |
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「 | 姫! 三太夫は姫に質問がございますぞ! どうすれば姫のように前向きに生きることが出来るのでございましょう? どうすれば恐れずに苦難に立ち向かうことが出来るのでございますか? ぜひ、ご教示くださいませ!」
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「 | う〜ん、三太夫には難解な……といっても、南海電車ではないゾ。難しすぎるという意味じゃ。そなたに理解できるか……? 三太夫! 心を落ち着けて、コラ! キョロキョロとせず、姫の美しく鋭い瞳を見つめて、心静かに姫の言葉を聴くのじゃ。 まず、人間とは、いや自然そのものじゃろうかのう、永遠というものは、この世の中に存在はせぬ。 人間でいうなら、産まれたその瞬間から、死に向かって生きるのじゃ。生あるものは、いつしか滅す。それは、次節到来という現実じゃあ。 『いつまでもあると思うな親と金。ないと思うな義理と借金』とかいう言葉もあったのう。 人生というものは、儚(はかな)いものじゃ。すべてが『無』なのじゃ。『無』の中で苦しみ、裏切り裏切られながら、あがき、人は懸命に努力をし生きるのじゃ。 しかし、どれほど闘い、苦しみ、裏切り裏切られて生き続けても、人はいずれ滅す。 死というものは、どのような形の死であろうと、これだけは誰にでも平等に巡ってくる。その自然の法則さえ覚悟し、理解できれば、な〜んにも恐くないのじゃ。 我(われ)が我がと、あさましい姿で守銭奴の餓鬼のように喰(く)い生きるものが、姫には哀れに見える、すべてが『無』なのにのう。 次の世というものがあるかどうか、姫にはわからんが、他者を押しのけ、富を欲しいままにし、見苦しく生きる人間には、もう一度、『無』ということを考え、深く思考をしてもらいたい。 三太夫、くれぐれも間違って聞くでないぞ。どうせ死ぬねんやったら、どうでもええ、自堕落(じだらく)に日々暮らしたほうが、と、もし考えたなら、愚か者の一等賞。そうはイカのキンの鈴、タコが引っぱるのじゃ! よいか! 『無』は何もない儚いものだからこそ、生ある限り、自己に正直に、たとえひとつでも『義理と人情』に努(つと)め、必死に生き、死に向かう。 その覚悟さえあれば、アアジャ、コウジャとピンボケのイメージトレーニングしたところで、そなたには無理。 大自然の前にあって、人はちっぽけな生きもの。 人の世は、夢まぼろしの如くなり、という話じゃなア。 あ、そうじゃあ、話は変わるが、三太夫、まだ正月のお餅が残っておるなら、早めに食べておいたほうがよい。自然にカビがはえてくるぞ。そうなると、お餅が不憫(ふびん)じゃ。姫が代わりに食べてとらそうか?」 |
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【三太夫覚え帖】 「そうかぁ、含蓄のある深ぁい言葉じゃのう。人の世は夢まぼろしの如くなり、かぁ。 どういう意味? 三太夫は寝ているときは夢を見ているが、起きている時も夢を見ているってこと? では、今は花柳藩の家老であるが、これも夢の中の出来事? 気に入ってるのになぁ、花柳藩の家老職。健康保険や社会保険も付いてるし、ときどき姫からお菓子も貰えるし。この夢から覚めて、もし本当はホームレスとか、牛や馬だったらどうしよう。馬でもサラブレッドでダービー馬なんかだったら良いが、馬刺し用の馬かもしれぬ。目が覚めたらトラックに乗せられてたりして……♪〜 ドナ ドナ ドォナ ドォナ 〜♪ なんて音楽が聞こえるかも。 これはえらいことじゃ! 夢なら覚めるな! 姫ぇぇぇ!! 助けてぇ!! 」 |
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