幻舟のよろず相談劇場 (2)

                   

 どんな問題でも、ひとりで悩むより、他者に聞いてもらうと、フッと、モヤモヤが晴れたり解決のヒントが見えたりすることが人生にはよくあります。
 他者から知恵を得ることも大切で、無知こそ人生の損失です。
 本コーナーは、ホームページを通して、人生経験豊かな花柳幻舟が多岐にわたる悩み相談に真剣に答える自由空間です。ひとりで悩まないで、ぜひメールを!




<幻舟さん、どう思います。ちょっと教えて!>
 私の家の近所で、明らかに幼児を虐待していると思える家があるんです。
 マンションです。
 異常な子供の泣き声、なにかをぶつけるような物音。
 小学校三年生という男の子供さんは、近ごろは学校にも行っていないようです。廊下で顔も見かけなくなりました。
 数日前、エレベーターで、そこの奥さんにバッタリお会いしたので、思い切って私のほうから、
「子供さんの泣き声がよく聞こえますが、どこか、お悪いんですか? 男の子は腸が弱いようで、うちの子供たちも小さい頃は……」
 と、ここまで切りだした途端、瞬間、顔面硬直、目じりをつり上げ、私をにらみつけ、自分の部屋のある階ではない階のエレベーターのボタンを押し、開くが早いか、ドアにぶつからんばかりに降りていきました。
 その動作に、なお、虐待を指摘されたことへの感情の表れかと、見てとれたのです。
 幻舟さん、どうしたらいいのでしょう。
 主人とも話し合いましたが、他人さんの家庭の話……どこまで踏み入っていいのか……行政や警察にも電話を入れました。しかし、名前を聞かれ、それであわてて受話器を下ろしてしまって。後々、仕返しも恐ろしいし。
 私たちは、もう高齢ですし、力もないし、どうしたらいいか……このままでは、後味も悪いし。
 私らでもできる方法を教えて下さい。
【東京都在住・70代・女性】



<ハイ お答えしましょう!>
 児童虐待は、日々、目に余るものがあります。
 ずーっと以前、私がまだ15か16歳。旅回りの役者を廃業して父と二人一般社会に出たものの、小学校中退の私はどこも雇ってくれるところがない。
 父も空きっ腹をかかえて毎日仕事を探し、それもすべて歩き、電車賃がかかるので。
 私も同じで、ある日、疲れ果てて、小さな公園のベンチに腰かけ、朝昼兼ねた、たった一個のアンパンの袋を開けて、食べるか食べないか、と悩んでいる私が、フッと気づいたのが、斜め前の大きな樹の下にへたりこんでいる、まるでミイラのように痩(や)せた“男児”。
 私と並んで座っていたお年寄りがひとりごとのように言う。
「あの子、かわいそうに、両親がゴハン食べささへんねん。えらいひどい目に遭わすのよ。あの子、小ちゃく見えるけど、確か、8歳にはなっているデ、栄養失調で、3歳か4歳くらいの知恵しかないって‥‥」
「誰も近所の人、その親たちに忠告してあげへんのですか!」
 と、私はたまりかねて、その老女に。
「そやがな。いうてあげても、恐ろしい両親で怒鳴るんや。怖がって、誰もよういわんのよ。親子の問題に他人が口出しできへんしね。躾(しつけ)や! いわれたら他人は言われへん」
 父と二人、極貧で食べられないとき、二人とも一緒。お金入ったら、二人で思いきりお腹いっぱい食べよ! という夢も持っていたし、辛くなかった。けど、このミイラみたいになっている男の子には、なんの夢があるんやろう。一番守ってくれるはずの親に見棄(みす)てられこんな姿にされている。
 私は男の子の横にしゃがみこんだ。
「このアンパンひとつしかないけど、半分ずつ食べよ。食べ、な」
 と、私が半分に割ったアンパンを差し出すと、げっそり引っ込んだ目から泪が盛りあがった。
 美味しそうにアッという間に食べてくれたアンパン。しかし、4〜5分も経たないうちに男の子はアンパンを吐いた。長いこと食べていないために、拒食症状が起きてしまっていたのだ。私は怒りと泪がこみあげてきた。
 けど、泣いている場合やない。他人やから親子の問題に口出ししたらいかんなんて、誰が決めたんや! この子、殺されるのに! 誰も助けへんのか!
「一緒に帰ろ、家まで送ってあげるネ」
 と、私はその子の手を握った。枯れ枝のような手に、私の怒りと悲しみは増幅していく。
 公園からすぐのところに、男の子の住むアパートはあった。
 ノックをすると、ドアが開き、現れたのは雲をつくような体育会系の大男。
 私は、そのでっかいオッサンを見上げて、一瞬ひるんだ。しかし、横にしゃがみ、死にかけている子どもを見て、泣き出したいような怒りに、勇気と力をかり、
「オッチャン、この子、かわいそうや、みんないうてはるで、なんも食べさしてへんて。全身にも、いっぱい傷ある、オッチャンひどいやんか!」
「なんやこの娘。お前な、自分の子を焼いて喰おうが煮て喰おうが、親の勝手や。他人に関係ない、このガキ!」
 親子の問題には他人は口出しできへんけど、他人にケガさしたら警察がくる、大事件にしたる! と、幼い当時の私の頭でもこの程度の計算はできた。
 私は、大男の顔を見るため、顔だけ空を仰ぐようなカッコになり、
「オッサン! オニか? 自分の子喰うて! なんちゅう親ジャ! オニ!」
 と私は、デッカイ男を挑発するように怒鳴った。と、私の言葉が終わるか終わらんかのその瞬間に、男は私の腕を力まかせに掴(つか)み、私は廊下に投げつけられた。やった! オッサンは私の思っていた通り、私の挑発にのって暴力を振るった、おまけに、どこかにぶつかったのか、私の鼻から、タラ〜リと血が。相撲取りみたいに太った母親も出てきて、
「あんた、このガキ殺(い)てまい!」
 なんて夫を煽(あお)って一緒になって蹴りまくる。骨だけの子どもをかばいながらも、殴られながらも私は嬉しかった。これでこの親二人とも刑務所行きや! 鼻血を垂らしながら私は、
「人殺し! 人殺しやァ! 助けて! 誰かきて! 助けて! 人殺しやァ!」
 と超大声で叫んだ。近所の人も出てきた。誰かがパトカーを呼んだ。
 私は鼻血を自分の服や顔に塗ったくってやったので、予想通り重傷に見え、救急車もきた。
 救急車に男の子と私は乗せてもらって病院へ。
 車の中で救急隊の人らに事情を問われ、話すと隊員のオッチャンらは、
「えらい娘(こ)やなあ。他人のために体張って、すごい娘(こ)やなあ。大人でも、みんな見て見んふりする世の中やのに、ワシら恥ずかしいワ、堪忍してや。ようやったな。警察にワシらも証言するで、な!」
 この男の子は保護され養護施設に、両親は保護責任者遺棄罪と、私への暴行傷害で現行犯逮捕され、起訴された。

 ミイラのようになっている子を誰も助けない大人たち。あのときの私の行動は、全、大人社会に向けた怒りのパワーだったと、考えます。
 警察や行政へは、「名前を出さないで」といえば、今は個人情報保護法というものもあります。
 役所への訴えは、根気が必要。電話だけでは、一度や二度では動いてくれないことも念頭に。現在は、虐待と知っている場合、“通告の義務”という法律もでき、通報しなければなりません。
 知っていて何もしなければ、虐待され、無念な思いで死んだ子の泣き声が耳について、一生、心おだやかに眠れませんよ。



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