まず、事務的なことから。 　お母さん、あなた、お兄さんも、お父さんの相続権があります。 　それが、借金（負の財産）であろうと、預貯金であろうとです。 　借金はいらない！　そんな人は、相続放棄という法的手続きもできます。 　お父さんが残した借金は、法的に、お母さんも、あなたも、お兄さんも、責任を負う必要はないのです。もちろん、連帯保証人等に名前を連ねていた場合は別問題ですが。 　父の借金の清算を、何から何まで兄上がしてくれたことに対して、あなたは大変後ろめたくお考えのようですが、それらは一概にいえません。 　あなたの兄上の会社がどのようなものか、文面ではわかりかねますが、市場経済社会で生き抜く、並はずれた才覚と情熱、行動力のある方だと推察でき、今日の世の中では、実に適した方だと思われます。 　本人は気づいていないけれど、人には様々、見えないところに才能があるものです。それは特別なことでもなんでもありません。しかしそれを、他者が、相手のプライドや人権にも関わる悪態を吐き、自分の才能をひけらかすなどというのは、言語道断。真からの教養と、人間として成熟した大人とはいえないと、私は思います。 　実の兄妹、家族であろうと、あなたの兄上の言動は、大変ひどいものだと、私は思います。 　人間とは、誰でも、心の底は弱いものです。 　日々、自己否定されるような言動を、しかも、ある意味尊敬もしておられる兄上から、くり返しやられるのは、地獄です。 　昔、ドイツのナチの某組織で、身寄りのない乳児を集め、発達心理学の人体実験のひとつとして、次のようなことを長期間に渡って行った。 　ずらーっと並んだベビーベッドに寝かされた何十人もの赤ちゃんが、元気に泣いている。 　お腹がすいている乳児、オムツを換えてほしい乳児、人恋しい乳児、と、赤ちゃんが泣くサインは様々。 　ところが、この実験は、赤子の意思、切望をまったく無視して育てたら、どんな人間になるか、というもの。 　時間がきたら、全員、オムツを換える。空腹等に関係なく、時間がきたら、赤子の口に、ほ乳ビンをつっこんで飲ます。 　これらの動作中、赤子に対して、口をきかない、笑顔で接しない。一切、抱っこもしない。 　機械的に、タイムスケジュールにのっとって、動作を繰り返す職員。 　初めのころは、赤子はあらゆる泣き方で、大人たちにサインを送る。しかし、いくら泣いても、まったく無視されていることが、次第に乳児たちにも浸透、認識していき、いつの間にやら、まったく泣かない赤ちゃんとなり、育っていく。 　一年も過ぎると、その“成果”は表れ、無感情、無感動な、まるでロボットのような乳児になったというのです。 　そうやって実験され、育った人たちは、自己主張も、他者との関わりをも持たない、人間として、一番大切な、感情の乏しい人となり、大人になっていったという。人は、人との関わりの中で育ち、信頼されている、愛されているという関係性の中で成長していくのです。「アタッチメント」「愛着」ということが、どれだけ大切か、よくわかるでしょう。 　他者から、徹底的に否定され、無視され、人間としての尊厳やプライドを壊されて生きることの悔しさは、私自身、幼いころから体験しているだけに、あなたの兄上の言動により、あなた自身、自己否定していく気持ち、充分よくわかりますよ。 　しかしここで、客観的に考えましょう。 　あなたは素晴らしい、純な女性です。 　こんなに暴力的な兄上に対して、兄上の長所を認めようとしている。普通では、なかなかできないことですよ。 　あなたの兄上は、本心は、大変気の小さい方だと思います。だって、一番弱い立場のあなたやお母さんに、非常識な言動を平気で、残酷に披露する、それも恩きせがましく。強者の論理を押しつける、昔の家父長制度の再現ですね。 　私は、人間、どこで、どう逆転するかわからないと思っているんです。 　生きることさえ、永遠はないんです。 　なにごとも、どこでどんなどんでん返しがあることやら。だから人間は面白いんです。 　人生は、単なる現象。その現象に乗っかって、ふんぞりかえっている人たちを見るたび、私は心の中で、大笑いしているんです。 　私はここでひとつだけ、なんとしてもアドバイスしておきたいことがあります。 　ご結婚なさる方にこそ、あなたの抱えている悩み、兄上の異常にさえ見える傲慢さは、悪口、中傷ではありません。現実なのですから、はっきりお話ししておかないといけませんよ。 　夫婦になるんです。結婚した後にばれて、彼に誤解される結果の前に、あなたの言葉で、お話ししておくべきだと、思います。 　あなたのようにやさしい方は、すべて自分の心の中にしまいこもうとする。それが、いいことでもあり、また、相手のためにもならないこともあります。人間には我慢の限界というものがあることを、本気で、覚えておいて下さいね。 　私のような者にも、ブッチャケ話をするだけで、少し楽になるなら、どうぞ、いつでも話して下さいネ、人間は、ひとりでは生きられないんですから。 　気の小さい兄上に脅えたり、残酷な暴言による自己否定だけは、決してすることのないよう、お願いします、ネ。